
マガモ(真鴨)とヨシガモ(葦鴨)は、日本の冬に水辺で見られる代表的なカモの一種です。どちらもオス(雄)は美しい羽色を持ちますが、一見すると頭が緑色で似ているため、バードウォッチング初級者には見分けが難しいかもしれません。実際、「あの緑の頭のカモはマガモかな?それともヨシガモ?」と戸惑うこともあるでしょう。しかしご安心ください。オスの外見の特徴を中心に、季節による羽の変化や行動・鳴き声の違いまで押さえることで、両種をしっかり識別できるようになります。本記事ではマガモとヨシガモの違いと識別のコツを詳しく解説します。基本情報から観察できる時期・場所、さらに観察のアドバイスまで網羅しています。冬の水辺でこの2種を見分けられるようになれば、バードウォッチングがさらに楽しくなるでしょう。
マガモとヨシガモの基本情報(分類・体長・分布・生態)

分類と体長: マガモとヨシガモはいずれもカモ目カモ科に属する淡水ガモ(川や池などに生息するカモ類)です。マガモは英名をMallardといい、アヒルの原種としても有名なカモの仲間の代表格です。一方、ヨシガモは英名Falcated Duckといい、そのオスの独特な羽飾りから愛好家に人気のカモです。体の大きさはマガモが全長約60cm前後とされ、カモ類では大型の部類に入ります。ヨシガモは全長約50cm前後とマガモより一回り小柄です。実際に群れで見ると、ヨシガモの方がマガモより少し小さく感じられるでしょう。
分布と渡り: マガモは北半球に広く分布し、日本では主に冬鳥(冬に渡来して越冬する鳥)として全国各地の水辺に飛来します。冬にやって来るカモ類の中ではマガモの数は特に多く、ときには数百羽規模の大群を見ることもあります。一部の個体は冬が終わった後も日本に残り、北海道や本州中部などで少数が繁殖することも知られています。一方のヨシガモは、ユーラシア大陸北部で繁殖し、日本には主に冬鳥として飛来します。日本に渡ってくるカモ類の中では比較的個体数が少なく、マガモやコガモのように至る所で見られるカモではありません。しかし他のカモ類と混ざって群れで行動することが多いため、特定の飛来地ではまとまった数のヨシガモが観察できることもあります。要するに、マガモは日本の冬ならどこでも見られるほど多数派、ヨシガモは探鳥地を選ばないと出会えない少数派と言えます。
生息環境と生態: どちらの種も湖沼、池、河川といった淡水域を好み、都市部の公園の池から農村のため池、河口域まで幅広い水辺で観察されます。生態的には両種とも淡水ガモに分類され、水面採食(水面に浮かびながら逆立ちして水草や水生生物を食べる)を主としています。平たい幅広のくちばしで水草の種子や水生昆虫、小魚などをこしとり、後肢には水かきが発達しているため泳ぎが得意です。潜水ガモのように深く潜ることは稀で、水面付近の餌を採ることが多いです。休息時には尾羽を上に立てて浮かぶ姿勢をとるのも淡水ガモの習性です。
性格とその他の特徴: マガモは人馴れしやすい面があり、都市の公園の池などでは人が近づいても平然としていたり、餌をねだりに寄ってくる姿もしばしば観察されます。これは祖先が家禽化(アヒル化)された歴史も影響しているのかもしれません。一方、ヨシガモは基本的に野性味が強く警戒心も高いため、人が近づくと群れごとスッと離れていくことが多い印象です。しかし例外もあります。例えば東京都千代田区の皇居のお濠のような普段から人が多い場所ではヨシガモも人に慣れており、他の場所より近くで観察できるほどです。このように、ヨシガモでも環境によっては人影をあまり恐れない個体もいますが、基本的にはマガモ以上に慎重な性質だと考えておくと良いでしょう。また、ヨシガモは渡りの途中などに他のカモ類の群れに紛れて行動することが多く、大規模な混群の中から見つかることもよくあります。
オスの識別ポイント(外見の特徴の違い)
両種の違いを最もはっきりと実感できるのは、やはりオスの繁殖羽(冬羽)の外見です。マガモとヨシガモのオスは羽色や模様が大きく異なり、ポイントを押さえれば遠目にも見分けることができます。以下に、マガモ♂とヨシガモ♂の特徴を順に見ていきましょう。

マガモのオス(繁殖羽)。頭部は光沢のある鮮やかな緑色で、首に白いリング状の模様(ネックリング)が入ります。くちばしは明るい黄色で先端まで色が均一です。胸は茶褐色(栗色)で、胴体は灰色がかった淡褐色をしています。お尻(尾部)は黒く、上尾筒の羽毛が上向きにカールしているのが特徴です。脚はオレンジ色で水面で泳ぐ姿でもよく目立ちます。全体としてコントラストのはっきりした配色で、“ザ・カモ”とも言える典型的な姿をしています。特に緑色の頭と黄色いくちばし、白い首輪がマガモ♂識別の決め手です。光の当たり具合によっては頭が青味や紫味を帯びて見えることもありますが、それでもくちばしの色などからマガモとわかるでしょう。

ヨシガモのオス(繁殖羽)。頭部は緑色の金属光沢がありますが、マガモとは異なり赤紫色の輝きも帯びています。特に頭の後方から襟元にかけて長く伸びた飾り羽は紫がかった褐色で、この形状がナポレオンの帽子(ナポレオンハット)に似ていることから、ヨシガモ♂の頭部はしばしば「ナポレオンハット」に例えられます。光線を受けるとその帽子のような羽が美しい緑色に輝き、混群の中でもよく目立ちます。喉から首にかけては鮮やかな白色で、首の横に黒い縁取り模様が入り、まるで白いスカーフを巻いているようにも見えます。くちばしはオス・メスともに真っ黒で光沢があります(マガモのオスが黄色いくちばしであるのに対し、ここも大きな違いです)。胸から腹にかけては淡い灰色で細かな波模様(虫食い模様)があり、背中側は黒と白のはっきりした模様です。ヨシガモ♂でもう一つ特筆すべきは、三列風切(さんれつかざきり)という翼の一部の羽根が非常に長く伸長することです。写真からもわかるように、体の後方に垂れ下がる長い飾り羽があり、水面につくほど垂れ下がっています。この飾り羽は風になびくとサラサラと揺れ、他のカモにはないヨシガモならではの優雅さを演出しています。足(脚)は灰色で地味な色をしています。全体としてヨシガモ♂は、緑のナポレオンハットのような頭部と長い垂れ下がる羽飾り、そして白い喉模様が特徴的で、マガモ♂とはシルエットからして異なる印象です。
以上の特徴を整理するとマガモ♂とヨシガモ♂は以下の点で異なります。

頭部の色と模様: マガモ♂は光沢のある緑色の丸い頭に白い首輪。ヨシガモ♂は緑色の頭に赤紫の輝きを帯びた平たい頭形で、後頭部に長い羽が突出(ナポレオンハット状)、喉が白い。
くちばしの色: マガモ♂は明るい黄色のくちばし。ヨシガモ♂は黒いくちばし。メスもマガモは橙色がかったくちばし、ヨシガモはオス同様黒っぽいくちばしなので、この点は雌雄問わず識別ポイントになります。
羽衣と体形: マガモ♂は胸が栗茶色、体は灰褐色で尾羽上部に黒い巻き毛がある。ヨシガモ♂は胸から腹が灰色の細かい模様、脇腹や背中に黒白の模様があり、尾にかけて長い三列風切(飾り羽)が垂れ下がる。マガモにはない長い羽飾りがヨシガモ最大の特徴です。
翼鏡(よくきょう)の色: 両種とも翼の後部に光沢のある「翼鏡」と呼ばれる部分があります。マガモの翼鏡は紫みを帯びた鮮やかな青色で、上下に白い帯が入ります。一方、ヨシガモの翼鏡は深い緑色で、こちらも上下を白帯に挟まれます。休息中でも翼鏡の一部が見えることがあり、青ければマガモ、緑色ならヨシガモと判断する手がかりになります。
大きさとシルエット: マガモ♂は全長約60cmとカモ類では大型でどっしりしています。ヨシガモ♂は50cm弱ほどで一回り小さく、混群の中ではマガモより小柄でスリムに見えます。またマガモは尾羽がやや上に反る姿勢をとりやすいのに対し、ヨシガモは後方に垂れる飾り羽の影響もあってか、尾端が水平〜やや下がり気味に見えることがあります。横から見ると、マガモは胸が張ってお腹がふくらむ丸みのある体型、ヨシガモは首が細長く背中から尾にかけてスマートな体型に見えるでしょう。
見られる時期と場所(国内での観察ポイント)
見られる時期(季節): 前述の通り、マガモは日本では主に秋~春にかけて(10月頃から3月頃まで)広く見られます。特に冬の間(12~2月)は各地の川や池で最も数多く見られるカモで、探鳥地に行けば高確率でマガモの群れに出会えるでしょう。群れの規模も大きく、「どのカモもみんなマガモ」という場面も珍しくありません。一方、ヨシガモが日本で見られるのも冬季(11月頃~翌3月)だけです。ヨシガモは寒い季節にシベリア方面から飛来し、暖かくなり始める春先には北へ帰っていきます。そのため、日本でヨシガモを探すなら真冬の時期が適しています。ただしマガモに比べると個体数が少ないため、「行けば必ず見られる」ようなカモではありません。身近な公園の池に毎年来るマガモとは違い、ヨシガモはある程度まとまった数のカモ類が集まる環境でないと見つからないことが多いです。

主な観察場所と環境: マガモは全国津々浦々、本当に様々な水辺にいます。都市公園の池、農村の溜池、川の中流~下流域、湖沼、河口の汽水域など、生息環境の幅が広く適応力も高いです。人の手が入った環境にも強く、市街地の池やお堀などでもよく見られます。例えば東京都内の上野恩賜公園、不忍池や井の頭公園の池などでも冬になるとマガモが泳いでいる姿が見られます。また自然度の高い湖沼にももちろん多数飛来し、本州各地の大きな湖でも群れが越冬します。「冬の水辺に行けばとりあえずマガモに出会える」と言っても過言ではないほど、日本の冬の探鳥ではおなじみの存在です。
ヨシガモは前述のように数が少ないため、観察したい場合はある程度の規模のカモ類の越冬地に行く必要があります。具体的には、湖、沼、大きな池、広い河川、河口の調整池など、毎冬カモ類が数多く集まる場所が狙い目です。例えば関東地方でいえば、茨城県の印旛沼や千葉県の手賀沼、埼玉県の彩湖などではヨシガモが飛来します。都市部でも、東京都心の皇居のお濠は有名なヨシガモの飛来地です。皇居のお濠では数は多くありませんが人に慣れたヨシガモが間近で観察できるため、初心者にもおすすめのスポットと言えるでしょう。また東京都練馬区の石神井公園・三宝寺池や、千葉県野田市の清水公園・調節池など、比較的小規模な水域でも少数のヨシガモが飛来する場合があります。いずれにせよ、「ヨシガモがいそうな場所」というのはカモ類全般がたくさんいる場所です。ヨシガモだけ単独でポツンといることは少なく、たいていは他のカモ(マガモ、ヒドリガモ、コガモ、オナガガモ等)の群れに混じっています。したがって、カモの大群に出会ったら双眼鏡で一羽一羽じっくりチェックしてみるのが吉です。大群の中からヨシガモを見つけられたときは、初心者の方もきっと大きな喜びと達成感を得られるでしょう。
観察のコツ: マガモは先述のように人里の池にも多いので、双眼鏡なしでも肉眼で見られる場面が多々あります。ただ、ヨシガモを確実に探すにはやはり双眼鏡や望遠カメラがあると便利です。ヨシガモは警戒心が強く人が近寄れない場所にいることも多いため、離れた場所からでも特徴を捉えられる道具を用意しましょう。また、朝夕の逆光では頭の輝きや模様が見えにくいので、太陽を背に順光の位置から観察するのがおすすめです。順光であればマガモ♂の緑色やヨシガモ♂の虹色の輝きがはっきりと確認できます。ヨシガモのオスは太陽の光を受けると頭が鮮やかな緑に輝いて遠くからでも目立ちます。ぜひ天気の良い日に探してみてください。
まとめと観察アドバイス
マガモとヨシガモの違いと識別ポイントについて、ポイントごとに解説してきました。最後に重要な点をおさらいしましょう。
- オスの特徴の違いが決め手: マガモ♂は光沢の緑色の頭・白い首輪・黄色いくちばしという典型的な姿。ヨシガモ♂はナポレオンハット状の長い後頭部の羽、緑と赤紫に輝く頭、白い喉、黒いくちばしが特徴でした。まずはオスの派手な特徴に注目すれば両種の判別は容易です。
- 行動と生息環境の違い: マガモは都市の池から田園の川まであらゆる水辺に適応し、人にも割と馴れるため観察しやすい鳥です。一方ヨシガモはより自然度の高い環境を好み、大きな群れの中に紛れていることが多いです。ヨシガモを探すにはカモ類が多数集まる探鳥地に行くのが近道で、特に冬の間に大規模な淡水域を訪れると出会える可能性が高まります。
最後に観察におけるアドバイスです。両種とも冬に観察する場合、防寒対策を万全にして臨みましょう。双眼鏡は必携で、ヨシガモのように数が少なく離れた所にいる鳥の特徴も見逃さないようにします。また、静かに観察することも大切です。カモたちは警戒心が強く、特にヨシガモは人の気配で遠ざかりがちです。休んでいる群れにむやみに近づきすぎると、一斉に飛び立ってしまうことがありますので、適度な距離を保って静かに観察するのがコツです。橋の上や土手などから双眼鏡でそっと覗けば、リラックスして眠るカモたちの様子を驚かせずに観察できます。混合群を見つけたら、「全部同じカモだろう」と決めつけず一羽一羽をチェックしてみてください。最初は難しく感じるかもしれませんが、緑の頭が見えたら「あれはマガモかな?」、白い喉が目立つ個体を見つけたら「ヨシガモだ!」というように、次第に分かるようになってきます。識別ポイントを押さえて繰り返し観察すれば、カモ類の観察がより楽しくなるでしょう。冬の澄んだ空気の中、水面に集うマガモやヨシガモの姿を見つけたときの感動はひとしおです。ぜひ本記事の内容を現地で確かめながら、バードウォッチングを存分に楽しんでください。あなたの冬の探鳥が実り多いものとなりますように!